fishtail2017 ~遠くても…空とこの道出会う場所へ~

主にツーリングや日々想う事などを書いてゆきます

(初)北海道ツーリング1994 6日目(2/2)小清水~知床峠~尾岱沼

6日目(上陸5日目)の後半記事になります。

 

前半記事の分を含めて6日目全体のルートはこんな感じです

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後半記事は小清水~尾岱沼ふれあいキャンプ場までの間になります。

 

6日目前半記事はこちら 

fishtail2017.hatenablog.com

 

小清水~羅臼の辺りを拡大すると、こんな感じです

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地図上のえきばしゃ、天に続く道、遠音別川サケマス、道の駅などは1994年時点では、

存在しないか俺らが知らなかった施設になります。

 

小清水を後にして、斜里岳が見えてきます。

この地域は晴天率が高く「牧場」ではなく「畑」が広がって、斜里岳も絵になる独立峰でイイですね!

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 見えづらいですが薄っすらと斜里岳も!

 

ここは、↑の写真からもう少し進んだ斜里町国道334号線で「天に続く道」付近と思います(現在と変わらず美しい風景が広がって居る辺りですね!

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知床連山の上には分厚い雲が広がっています!

今の俺なら、あー羅臼側は天気は諦めるしかないな!!と判断しますが、当時はそんな予測はついていないでしょう!

ちまみに「天に続く道」は10年ほど前(2010年秋)に初めて知り、夕日が沈むのを観ました(綺麗でした!)。

ロッジ風景画のご主人にお気に入りの場所として紹介いただいたんです。

ロッジ風景画 ~ 北海道清里町・知床への拠点の宿

当時は「天に続く道」とは呼ばれてなく「名もなき展望台」とかで呼ばれていました。

 

国道334号は当時、知布泊の辺りからは現在の海沿いではなく山側(それほど標高は上がりませんが)に入り、道幅も狭くその割に大型車が多いので北海道のスピード感覚からすると非常に時間を要していました(宇登呂まで今より30分程度かかっていたのでは)。

 

途中のオシンコシンの滝、いつも寄るかスキップか迷う程度の観光スポットで、

おらくはちょうど休憩タイミングに合っていた!という程度だと思います。

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1994年は宇登呂には寄らず素通りかは不明??

 ・6日目の行程を計算すると昼食を宇登呂で食べているかもしれません。

 ・食べてるとすると一休屋さん?一休屋さんを初めて知ったタイミングが

  思い出せませんが、少なくとも1998年以前のハズ

 ・1995年には宇登呂の宿に泊まっている。そしてカムイワッカの湯の滝へ行った?

 ※宇登呂も当然現在は道の駅へ出るのがメインルートですが、当時は1・2本山側

  の一休屋さん(閉店されてしまいましたが)の前の道がメインルートでした!

 

知床横断道に入ります。斜里の辺りから見た知床連山にかかる雲からすれば天気は

良さそうですね!

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ちなみに全くの偶然ですが、2019年秋にもこの付近で同じ構図で写真を撮ってました。

紅葉も綺麗です!

 

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俺はしばらく知床峠で天気に恵まれてません!

 

 

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翌日出発時の写真ですが、尾岱沼ふれあいキャンプ場よいキャンプ場でした。

防寒対策はしっかりとしておく必要があります!

ちなみに、俺の「初」北海道ツーリングはハーレー購入した年の1993年だったのか、

翌年のの1994年だったのか記憶が無かったのですが、この写真のホクレンフラッグ

で94年と判明したのでした!

 

7日目に続きます

(初)北海道ツーリング1994 6日目(1/2)サロマ湖~網走~小清水


6日目(上陸5日目)の前半記事になります。

 

三里浜キャンプ場は地理的にもユニークば場所に有り、昨日は早めに到着出来た事

のどが有るのでしょう、良い印象となりその後も何度か利用するキャンプ場となりました。

 

三里浜キャンプ場を出発(例により細かい記憶は残ってないので写真や現在得た情報

から平仄を合わせて当日の行動推理しています)した後、すぐ近くのサロマ湖側に面

した登栄床漁港付近の集落に当時営業していた「ひとみ食堂」で朝食??ととります。

 この「ひとみ食堂」、2000年に使い捨てカメラで撮影した外観がこれです

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キャンプ場を出発してものの5分程度の場所に有り、よっぽど注意して見てないと見落しそうな食堂にS・Hさんがバイクを止めます。

えらい早いなぁ~しかも取り立てて入りたくなる様な要素をあまり感じないのに....

第一印象はこんな感じを持ちながら入店したのです。

店内はカウンター4席程とテーブル席が有ったヨウナ、、、その奥に小上がりに火鉢が置いてあり帆立などの焼き物はそこで焼いていました。

お店をされているのは、当時70歳代位のご夫婦で、ここでの会話はかなり印象に残っています。

 ・天皇陛下(当然昭和天皇だと思います)がサロマ湖(登栄床)に来られた時に、お父さん(ご主人の)が面会されただか説明されただか活躍された(by奥様)

 ・俺らはウニ丼を注文したのだけど、大盛のウニで評判になり雑誌に載ったかライダーから評判になった(ウニはサロマでは取れなくよそで取れたもの)(byご主人)

  ※でもこの時のウニ丼、美味かったです。

そんな会話をして、その翌年以降も3回程度??訪れていたのですが、2002~3年の頃でしょうか、突然辺り一帯建物が変わって(一時期更地だったかも)おりました....

 

さて、ひとみ食堂を後にして当日のルートはこんな感じです

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①.サロマ湖沿いを走って網走市

②.網走刑務所(博物館)を見学

③.宇登呂を抜けて知床峠

 (おそらくカムイワッカの湯の滝へは行かず翌年の1995年に行っている)

④.羅臼を抜けて尾岱沼ふれあいキャンプへ

 (おそらく熊の湯にも寄らず)

 

 サロマ湖沿いのこの写真の場所はまだ湧別町登栄床から出てない場所と思いますが、

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こうして天気を確認するとドン曇りですね。晴れてた気がするのだけれど…

 

網走では晴れて暑くなっていました!

網走駅に行き宿を探したのは翌年だったかな??当時は、駅に観光案内所というのが有って、そこから空き部屋のある民宿などを探していました。

当日はキャンプしているので、翌年の1995年の記憶かもしれませんね(翌年は宇登呂の

宿に宿泊して、カムイワッカの湯の滝に行っていると思います)

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 ここは現在の網走刑務所(博物館)と違う場所に有った様な気もするのですが、

下記サイトを観る限り同じように見えますね。

基本情報 | 博物館 網走監獄


すぐ横には本物の刑務所が有って、受刑者の方が作られたものの販売するお店も有ったと思います。

S・Hさんと「あの人達は観光ではなく面会で来ている人なんじゃないか???」という会話をした記憶があります。

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館内は結構リアルでした!まあ、何度も行こうという物でもないですが、

1度は行って後悔はしないと思います。

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その後も、オホーツク海に沿って走り(当時は帆立バーガーの北勝水産は無かった(知らないだけ?)

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小清水町原生花園

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こんな広々とした景色に感動していました!

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長くなりそうなので、6日後半はつぎへ

 

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前回記事はこちら

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(初)北海道ツーリング1994 5日目 層雲峡~上川~紋別~三里浜キャンプ場

5日目(上陸して4日目)になります。

そろそろ疲れも溜まってきたのか、移動距離も短くこれと言ってイベントも少なく、

北海道ツーリングに慣れた人であれば4日目・5日目の行程は1日で済ます、

またはもう少し走って宿泊地を変える方が多いでしょう。

 

ただ、1994年の俺らは道東メインで、ここ数年の様に1週間プラスαの日程で道南以外を一通り廻るペースで急ぐ必要は無いのです(当時そこまで走れなかったのかも)。

 

5日目のルートはこんな感じです

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先週PCのモニタを5K(4Kを飛び越えて)モニタに変更したので画面キャプチャを広くとれるように

なったのは良いのですが、文字が小さくなってしまいました。

①層雲峡オートキャンプ場を出発して上川方向(オホーツク海に出るため)へ

②上川からオホーツク海

サロマ湖の砂洲の先っぽにある三里浜キャンプを目指します!

 

もう少し越し引いた画像だとこんな感じです

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三里浜キャンプ場をリクエストしたのは多分俺で、このツーリング準備でこんな地形

の場所が有るのか!どんな風景が見れるのだろう、と期待したからです。

 

前夜の層雲峡オートキャンプ場は2017年にも利用しました(というかその時の記憶しか残ってません)が、印象としてはリピート有りですね。

森の中のテントサイトは心地よいです。

風呂、食事も4日目記事の通り、層雲峡の温泉街でコンビニも有るので問題ないです。

ランドリーは夜遅くには閉まってしまいますが、有ります。

マイナス点は、ここも都会近い&登山者の方が日の出前から出発の支度を始める、

などに重なると不意に目覚めてしまう、という事位でしょうか。

 

層雲峡オートキャンプ場を出発して、当初は国道333号~242号でオホーツク海に出る

コースを考えていました(この旅では、ほとんどコースを考えるのはS・Hさん任せ、反省です)。

上川辺りのドライブインでトラックの運ちゃんだったかと話していると、紋別へ行く道の方がいいよ!との話により少し遠回りになりますが国道273で行く事にします。

このシーンは95年の記憶か自信が無かったのですが、94年の写真とgoogle mapを見比べて国道273号の滝西地区?付近の直線なのが判明しました!

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いい時代になったもんぢゃぁ~

で、実際に国道273号を走った印象は、牧歌的な風景が続く穏やかな道で、確かにいい道だ!と思ったものです。

 

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話はそれますが、俺は現在ツーリングに行くならタンクバックは欠かせない存在なの

ですが、このツーリングでつけてないですね!当然つけていると思っていたのですが。

不便で仕方ないハズですが、便利さに気付いてなかったのですね....

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こうして紋別市に出て、その後紋別は何かと印象深い街になるのですが、

当時の記憶は全く無いです。

※しょーも無い1例ですが、

  1995年のS・Hさんとの2回目北海道ツーリングでも紋別市内を経由し、

  市内の旅館に泊まる事となるのですが、S・Hさんがその旅館にした理由は

  パチンコ屋が近かったから(なにもツーリングにきてまで行かなくても....

 

ま、無事にサロマ湖三里浜キャンプ場に到着

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珍しく到着当日に撮影したと思われるテントからの視界

確か、珍しく早く(15~16時くらいだった?)到着して、キャンプ場には風呂は無い

けどシャワーが有った気がします。あと、食事もキャンプ場の敷地内でとった様な

記憶が有ります。

現在は恐らく食事はおろかシャワーも無いかもしれません(そもそも営業期間も短い様です)

 

書いていて思い出しました!

夜ビールでも飲みながらS・Hさん話していると、風が強くて、

夜になると昼とは風の向きが変わるんだ!

というような話をしていた(ヨットをやっているのだから合っているのかな?

そんな後眠りについたのですが、なかなか寝付けず翌日つらかったのを覚えています。

 

このキャンプ場には合計で4回程来ています。

複数人で2回、1人で2回程度来ていると思います。

当時は何とも無かったのですが、

夜は波の音が凄くて、今では1人だと怖くてよう泊まらんなぁ~

 

6日目に続きます

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4日目の記事はこちら 

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(初)北海道ツーリング1994 4日目 かなやま湖~帯広~三国峠~層雲峡

今日(2020年の執筆当日)は、白井貴子さんの1980年代後半の頃のYoutube動画(オフィシャルではないのでリンクは貼りませんが)を観ていたりしてました。

1986年の秋、地元にある大学の学園祭に白井貴子さんが来るというので友人に誘われたのに行かなかったのを思い出します、痛恨の判断ミスを悔やみきれません...

今年2月の尾道でのライブでも仰ってましたが、是非バンドでのステージを待っています!できれば、ガラスの天井を歌っていただきたい!

白井貴子さんオフィシャルサイト(TAKAKO SHIRAI THE PEACE ON EARTH

 

さて、世の中少しは先が見えてきたカナ?という時期ではありますね。

 

ここ2ヶ月はテレワークで会社への通勤無く仕事をしておりましたが、

意外と行かなくても出来るじゃん(でも集中力とか保つのはしんどかったり)、

もう慣れたというか、今後元に戻って週5日通勤するのは正直しんどい、とか。

私的には実家の事で大量の荷物を抱え込んで、写真などをの整理は今年一年はかかるなー、せっかく家にいるので仕事の合間に色々と出来る事なー、とか思案&実行開始したりしてました。

また、浜田省吾さんのファンクラブ限定ツアーの発表が有ったり、嬉しいですが状況次第では当然有るわけで、、、色々とある期間を過ごしてました。

浜田省吾さんオフィシャルサイト(SHOGO HAMADA OFFICIAL WEB SITE )

 

気付けば、またもや1ケ月近く更新が滞っていました、大変申し訳ございません(笑)

 

前置き長くなりましたが、前日記事に続いて4日目から再開です。

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しかしながら、この4日目、ほとんど記憶に残っていませんが、進めましょう。

当日のルートは恐らく

①かなやま湖畔キャンプ場を出発して国道38号で帯広へ

②帯広の街中で豚丼を食べる

三国峠ごえ

④層雲峡オートキャンプ場へ(当時の名称は違うと思います)

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前夜のかなやま湖では心配した野外ステージは夜早々には静かになったのですが、

夜遅くに到着した(都会や富良野から近いためと思いますが)車でのグループが

近くにテント設営を始めたりで寝込むのは遅くなったと思います。

 

 

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俺は焚火はしないのであまり気に留める事は無い(でも匂いが残っているのは気になりますね)ですが、当時のキャンプ場はあまり直火禁止とかのルールは無かったような気がします。

 

 かなやま湖を出発して帯広(帯広へ向かったのは95年かもしれませんが、行ったことにして話を進めましょう)に向けて国道38号で狩勝峠を抜けますが、霧と渋滞(当時は高速道路なんて無い割には交通量は多かったと思います)で、トラックの排ガスにまみれ涙目になりながら何とか峠越えしました。

また、ひと山越えた事でこんなにも気温が違うのかとも。

 

何とか帯広に到着しました!

 しかし、当時の俺らはあまり事前調査が甘く(ネットも無い時代ですから普通だった)

適当に「豚丼」の看板が出ているお店(喫茶店のような雰囲気の)に入ったのですが、

特に感動もなく残念な記憶だけが残りました。

そもそも、帯広の名物が豚丼というのも知らずに帯広入りした様な気もします、数年後に「ぱんちょう」に出会い、当時を反省した事からこの記憶が残る事となります。

 

残念な昼食終わった帯広を後にして、三国峠へ!

なぜ何もないこの場で止まって写真を撮ったのか理解に苦しみますが、、、

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当時は周りの白樺の木が綺麗で自分的にはこれを写真に撮りたいと思い、S・Hさんに合図を送り止まった。いまこうして写真をみると、その思いは写真に反映されてないですね、、、

S・Hさんには「何もないこんなところで止まるんだ???」と言葉が有った様な気が、、、

 

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すぐに霧は晴れたのでしょう

 

写真を観る限りこの場所は、三国峠の赤い大きな橋やトンネルが有る手前(帯広側)の、現在は三股山荘(下の写真、立派な北海道エゾ松のハンドカットのログハウス)が有る辺りでしょうね。

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2017年8月撮影

ドン曇り(雨よりはましですが)ではありますが、三国峠へ到着!

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 この後、記憶は定かではなく、写真が有るので層雲峡の銀河の滝・流星の滝を見学して、

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 本日の宿泊地、層雲峡オートキャンプ場へ到着したものと思います。

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 2017年もそうしたのですが、層雲峡の温泉街まで5キロ程度だったかでしたので、

テントを張った後夕食と風呂の為に温泉街まで出向いた記憶が有ります。

また、ちょうど祭りをやっていて、盛大に火(キャンプファイヤーのような大きな)を前にしてアイヌの伝統的な歌を歌っていたが微かな記憶としてあるのですが、

1995年には層雲峡の民宿に宿泊した記憶も有り、記憶が混ざっているかもしれません。

 

こうして、一日が過ぎてゆきました!

 

5日目の記事に続きます

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(初)北海道ツーリング1994 3日目 白金野営場~美瑛・富良野~かなやま湖

ツーリンング3日目は美瑛・富良野の観光がメインです。

 

このツーリングをアレコレ計画してる時期にS・Hさんが持っていた?

北海道ツーリングの教本マニュアルビデオを見たのを思い出しました。

当時はそんなマニュアルビデオが各ジャンル毎に有ったものです。

(スキーテクニックのビデオを別の先輩に見せられた事も有ったなぁ~)

それ(北海道の)には、美瑛の丘巡りや美馬牛小学校だったか駅だったか、何処々

を廻って次は何処を廻ると良いですよ、的な内容だったと思います。

 

その影響も多少は有ったのか、一通りの有名なスポットは廻っている様です。

例によって、残された写真、曖昧な記憶、当たらない推測から描いた3日目のルート

です。拓真館は行って無いかも...麓郷の森は多分行っている...

その他は写真が有るので確定!!!

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今日のルート 白金野営場~美瑛・富良野を廻ってかなやま湖

もう少し引いた地図

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北海道の全体からすると殆んど移動していませんね

 

 国設白金野営場を出発します

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近くに白金温泉街が有るので、お風呂は充実していたと思いますが、夕食をどうした

かは覚え無し。テントサイトは木立の中で、熊がでたら怖そう、と思った様な...

実際にこの辺りで当時出たのかは分かりませんが。

あと、現在ではこの近くに有名な「青い池」が有りますが、当時は無かったのです。

その後の防災事業で作られた堤により生まれたものです。

俺は、一度も見たことが無いです!!

 

まずは、美瑛の丘巡りです。

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雄大で美しく今までに見たことのない景色に感動しました!

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順序の違いはあるかもしれませんが、セブンスターの木

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次は「ケンとメリーの木」です

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ケンメリの木、名前の由来のスカイラインCMはリアルで覚えてないです

こうして見ると、セブンスターの木と共に25年前の姿とそんなに違わないですね!

 

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美瑛駅

駅舎の時計は10時35分辺りを指してますね。時計が正確だとすれば、

白金野営場を出発して、丘巡り、美瑛駅と回って妥当な時間ですね。

 

さて、ここから何故か服装が違いますが、時間順はこれで間違いは無く、

暑く日差しで腕がこのままでは酷く火傷になってしまいそうで着替えたのでしょう。

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マイルドセブンの丘

数年前に伐採され残念な姿となってしまった「マイルドセブンの丘」です。

この写真では木がずいぶん小さいですね!伐採前で最新の記憶は10年前かその後

にも見ているかもしれないですが、この写真の印象よりは大きかったです。

 

美瑛の丘巡りから富良野へ移動したと思われます

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ファーム富田付近からの撮影だと思います

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この写真、当時は彼方此方で目にした写真「ファーム富田」ですね!

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初めて見るラベンダー

富良野は何と言っても当時はラベンダーですね。

「ラベンダー」という単語を初めて意識したのは先日亡くなられた大林宣彦監督の

時をかける少女」です。俺らがこれまで住んだ地域には全く無い花でした。

映画の中では深町一夫(知世さん演じる主役の相手)宅の温室で栽培されていたけど、

尾道は温暖な所で気候的には矛盾するのかな???どうでもいい事が気になる...

 

あと、富良野に行けば「ラベンダー」の紫の畑が、見渡す限り広大に広がっている!

と想像してましたが、現実はそんな事は無く、畑一枚(本州の畑に比べると一枚の大き

さは違いますが)に区切られており、ちょっと拍子抜けしたのを覚えています。

パッチワークの丘、という意味を解っていなかったのですね。

 

さて、この後は富良野駅に行き、駅前の喫茶店か食堂だったか(北の国から

登場したお店を探した気もします)で、ラベンダーのジュース(ホンマかいな?)

を注文した様な気がします。

実はS・Hさんとはこの1994年と95年にも一緒に北海道ツーリングしており、

富良野駅の記憶は95年の物かもしれません。

 

その後、麓郷の森でロケに使われた家などを見て回りました。

テレビで見た印象と違って、こんなに小さい家(セットと言ってもリアルな家、

当然話の中の通り手作りの家ですが)なんだぁ~というのが感想でした!

当時はまだ、石の家は無く(ドラマ自体がそこまで話が進んでいない)、

麓郷の森(という名前も違ったかも)も、現在よりも下に有った気がします。

 

その後、2泊目の宿泊地の「かなやま湖畔キャプ場」へ!

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2018年8月に訪れた時の写真

このキャンプ場はその後の北海道ツーリングで使用頻度の高いキャンプ場となります。

5~6回は利用していると思います。

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風呂は道路を挟んだ直ぐ近くの「かなやま湖保養センター」に有り、

1994年当時は入浴後に隣の食堂で夕食を取りました。

 

この夜、S・Hさんとテントを出て、ビールを飲み、地図を観ながら明日のルート

などを話していたと思うのですが、蚊に食われまくって痒くて仕方なかったのを

覚えてます。

あと、当時はは凄く混んでいて(現在に比べれば北海道の何処も混んで、活気がありました)、何かイベントが有ったのかキャンプ場サイト近くに野外ステージでバンドが

演奏していたので、今晩は落ち着いて眠れるか案じた。(これも1995年の記憶かも)

 

4日目の記事に続きます 

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 前日(2日目)記事はこちら

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(初)北海道ツーリング1994 2日目 北海道上陸~国設白金野営場

1994年7月某日、いよいよ北海道初上陸です!!

が、この瞬間の事は全く覚えていません。

恐らくは、慣れないフェリーからの下船では、周囲のライダーは皆慣れた素振りで

出発準備を進める中、焦りながら準備をして、凸凹の床にビビりながら何とか無事

に下船したんだろうけども。

 

 さて、多くが残っている写真と僅かな記憶からの推測する上陸初日のルートが下図

になります。

①.苫小牧フェリーターミナルを出発して国道234号を北上

②.由仁町あたりで国道452号で夕張市

③.道端の農家で夕張メロンを売る露店で実家にメロンを送る

④.国道452号をさらに進み三段の滝へ

⑤.富良野・美瑛辺りから国設白金野営場

苫小牧の到着が11時~11時半の間で、白金野営場?には夕暮れ辺りの記憶も

有るし早めだった気もするし・・・

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ツーリング2日目、上陸初日のルート

 ①~④は多少の細かい道は違う(※1)可能性は在りますが大きくは外して無い

と思います。しかし⑤は最初の宿泊地として「かなやま湖畔キャンプ場」が初日で、

白金野営場は2泊目の可能性も有ります。

 

写真のネガが見つかる or S・Hさんの記憶が確かならハッキリするのですが・・・

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もう少し引いた絵だとこんな感じです

夕張ではS・Hさんが露店(当時分かってなかったですが、農家さんが自分で売っていたのだと思います)で夕張メロンを土産に送ろう、という事で俺も送ることにします。

当時はまだ夕張メロンは高級品(今よりもっと)で、一番良いのを2玉1万円を超える物を送った記憶が有ります(毎年お盆には実家に帰っていたのでが、今年は北海道ツーリングに休みを割くために帰省できない、という後ろめたさを補う意味も有り)。

自分では食べてないので(味見はしたんだろうけど)どんだけの味がしたんだろう。

 

土産(夕張メロン)を送り一つ用事を済ませ、義務感が一つ減り気が楽になりました。

夕張と言えばもう一つ「幸福の黄色いハンカチ」の撮影地?にも行ったと思います。

当時ですら「昔の映画」という気がしていましたが1977年かぁ、当時から

17年前、20代の若かった俺からすれば確かに昔に感じる年数ですね(※2)

俺よりもS・Hさんが行きたかったのか、話題に出たからという余り積極的に行く

というモチベーションでも無かったような。。。映画自体はいい作品とは思いますが。

 

さて、問題はこの後です。

国道452号がこの先、結構な距離ダートだったのです!!!

想定よりも1時間~2時間は遅れたのではないでしょうか。

彼方此方で工事をしており(多分舗装工事だったのでしょう)、下の写真の様に

まだ浅い砂利は良いのですが、工事区間では深砂利を撒いており、そもそもダート

なんて走った事のない俺には試練でしかなかった。

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452号はまさかのダートでした、3桁国道とは言え。。。。

この数年後には、ワイドグライドの様なFX系のハーレーはリアタイヤで走る感覚

があるので、国産オンロードよりはダートを苦にしななくなっていました。

この頃の無茶な走りが負荷を与えて、2018年の故障に繋がったのか???

 

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この辺りの写真の順序は実際と異なっている可能性大です

 

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この写真で夕張~富良野の間は452号経由したのが判明しました!

この後数年経過して知った事ですが、1990年代前半には北海道では多くの道が

開通していなかったり、ダートだったりしていました。

1998年の後輩K5といった北海道ツーリングは秘湯を求めて、トータル100キロ

位ダートを走りました。北海道も90年代から大きく変わりました。


何とか砂煙で真っ白になりながらも、今日のキャンプ地の白金野営場に到着し

木立の中にテントを張り(正直、あまり良いキャンプ地と感じなかった気がします)、

近くの宿で日帰り入浴をしたと思われます。

夕食をどうしたのかは、全く記憶なし!!

 

今日は北海道に上陸したこと、ダートを走った、それだけで一杯一杯の一日だった

のでしょう。


※1:そもそも、GoogleMapは現在の道なので当時無かった道を選択している

   可能性も大です。

※2:俺らの世代って(俺らって年齢も公表してないのに)日本の音楽や映画などを

   あえて評価してない風潮でしたね。素直に触れれば良いと思いつつ、周りも

   そんな風だから粋がって避けていたような。そんな青さが抜けない年齢でした。

 

それでは!

 

翌日3日目の記事はこちら

fishtail2017.hatenablog.com

 

(初)北海道ツーリング1994 1日目の記事はこちら

fishtail2017.hatenablog.com

 

(初)北海道ツーリング1994 1日目

いよいよ人生初の北海道ツーリング出発当日から書いてゆきます。

 

2~3日分づつ数回に分けて書こうかと思いましたが、

書き始めるとどう変化してゆくか分かりませんが1日単位で

記事にしてゆきたいと思います。

なにぶん26年も前の事、人生初とは言ってもかなり忘れており、

断片的な記憶、残された写真、調べ返した情報、当てにならない推測

から構成してゆきたいと思います。

 

出発日の仕事は、俺は午後半休、S・Hさんは一日休み、だったと思います。

なので金曜日かな?12時に仕事を終えて(当日早朝に荷造りとバイクへの積載

を終えて出社した様な)一目散に寮へ到着し、13時か遅くても14時には会社の

寮を出発したのでしょう。

こういう時には、職住接近は良かったです!

 

ここで、当日のルートを!

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当日のルート(仙台でのルートは全く覚えてないです)

当時の俺らは北関東に住んでいたので、佐野藤岡か栃木インターから東北道を北上

しました。

本日のミッションは「仙台港20時30分(記憶では)発の苫小牧活きフェリーに乗る事」です。

これしかありませんし出来なければ、どうにもなりません。

 

栃木県内最後辺りのパーキングだったと思いますが、最初の休憩。

この時点で15時台で16時までは行って無かったと思いますが、

S・Hさん「あまりゆっくりしていられないなぁ!あと、3時間だろ」

俺「・・・・」内心、あれっ?3時間???と微かに思ったが、フェリーに乗るには

出発の2時間前までには受付を行い、諸々あるのでその分加味して、かな?

 

こうして、北上を続けます。

恐らく1度は給油をしているでしょう。

S・Hさんのゼファー1100も俺のダイナワイドグライドも満タンからの

航続距離が300キロ少しだったと思います。満タンで出発していても流石に

チャレンジする距離ではありません。

 

こうしている間に時間的余裕が無くなり、スピードを上げて急ぐようになりますが、

福島と仙台の間の交通量の多さと経験の差から、S・Hさんから俺がかなり遅れを

とるようになります。

 

それでも東北道を降り、仙台市内?までたどり着いたのですが、仙台港への道が

分からなくなり渋滞にもはまり(※1)、港の気配は全くない市街地辺りで18時頃を迎えます。

S・Hさんが路肩にバイクを止め、「駄目だ!もう間に合わない!諦めよう!」と汗を滲ませ発する。

俺「えっ!なんでですか???」

S・Hさん「だってもう出航時間だろ!ほんとは何十分か前には受付無いといけないのに、もう乗せてくれないよ!!」

俺「えっ!出向時間は20時半ですよっ!!」

S・Hさん「えっ、マジで!途中であと3時間とか会話してただろ~」

俺「ええ、何かおかしいし、ひどく焦っているなぁ~とは思っていたんですけど。。。」

S・Hさん「なぁんだよ~、でも良かった。ちょっと缶コーヒーでも飲もうぜ!」

こんな雰囲気の会話を覚えてます

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恐らくこの一安心した頃に撮影した一枚

多分計画編で書いた、MOTOトレインを断念して太平洋フェリーの予約手続きを

は俺だったのでしょう。その為、S・Hさんとは時間や席と料金について会話した

のみで予約後は、あまりフェリーについては(※2)会話していなかったのだと思います。

その為に、20時半、20時半、ハチジハン、ハチジハン、ジュウハチジジハン、18時半となっていた !

 

缶コーヒーで一息ついた後、S・Hさん「行くか!そうは言っても、余りゆっくりしてられないだろ!」

俺「行きますか!!」

こうして、無事にフェリー「きそ(初代、2020年現在は2代目)」に乗ることが出来ました!

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何とか乗船出来る事が出来た「きそ」とS・Hさんゼファ1100

 

 こうして、乗船出来た初フェリーですが、船内では夕食はとってないかもしれません。

記憶にあるのは、

・車両甲板から重い荷物(勝手がわからず大荷物を持ち込んだような)を汗だく

 になって客室まで階段を上がった。

・甲板に出てベンチに寝転がり、仙台港の夜景が見えなくなる辺りまで会話して

 いると寒くなって来たので船室に入った。

・確か東北道でついてゆけなかった事や時間の勘違いの話をしたんだろう...

位です。風呂や船内の記憶は驚くほど無いです。

 

余談ですが、写真を見て気付いた点を幾つか。

・今の北海道ツーリングに比べるとひどく荷物が少ないです。

 テントや道具もコンパクトだし、着るものも極限まで減らしているのです。

・俺はタンクバックを使っていないのはビックリ。ワイドグライドのタンク形状

 は使いづらいのですが、現在の利用頻度から使用しないなんて考えられません。

・1993年3月納車されて94年の夏まで、ペダルを踏み易い物に替えている

 以外ド・ノーマルですね。この頃にはもう少し替えていると思いましたが。

 

※1:数年前にも仙台市内に行きましたが、仙台の渋滞の酷さは凄いですね。

   正直、今後行きたくない!

※2:そうはいっても、フェリーの運航中は荷物を取りに行けなくなるので、

   船内で使用するものはまとめて置く必要がある、位は会話したと思います。

 

 

 (初)北海道ツーリング1994 2日目に続きます

fishtail2017.hatenablog.com

 

(初)北海道ツーリング1994 計画編はこちら

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